白竹木材株式会社

愛知県碧南市の木造建築請負・民家再生・リフォーム

恥ずかしながら、塩焼瓦(赤瓦)が三州生まれとは知りませんでした。

約2分
恥ずかしながら、塩焼瓦(赤瓦)が三州生まれとは知りませんでした。

恥ずかしながら、塩焼き瓦(赤瓦)が三州生まれとは知りませんでした。

民家再生の専門家である白竹木材では、毎週火曜日に建築勉強会を15分ほど開いています。建築素人のスタッフ向けなので、初歩的なことを少しずつ。一級建築士の社長が先生です。

主に民家再生に関しての勉強をしているのですが、民家の屋根の話の中で「塩焼き瓦」という言葉が出てきました。
その時は、何だろう?素焼きの瓦?と疑問符を残して勉強会は終了しました。

その後、調べてみると・・・

塩焼き瓦とは・・・
大正時代の終わり、常滑では塩焼きの土管が製造されるようになりました。三州では、この技術を応用して赤い瓦を焼こうという試みがされましたが、土管と瓦では形が違えば、焼成温度も違うので、失敗の連続でした。商品となったのは昭和3年(1928)のことでした。
焼成の途中で高温の窯の中に食塩を入れて、赤褐色に発色させて作った瓦なので、塩焼き瓦(赤瓦)といいます。
塩焼き瓦は、丈夫なことに加えて、一度にいぶしの何倍もの瓦が焼けることによって、急ぎで大量の注文があっても対応ができ、製品の良さからも人気が急上昇し、昭和28年(1953)には生産量もいぶし瓦をしのぐようになったといいます。現在は、排ガスによる公害が発生したために廃盤となっています。(修繕時には、釉薬瓦を代替品として使用しているようです。)  参考:愛知県陶器瓦工業組合 瓦web

そして、写真をみるとなんと!今までポスティングで何度も見かけた赤い屋根でした。ずっと釉薬瓦だと思ってましたが、塩焼き瓦(赤瓦)だったことが判明しました。

碧南、高浜のもともと瓦工場が集中していたあたりや知多半島に多く見られました。伝統構法である石場建て(基礎として石の上に柱がそのままのっており固定されていない)の民家にポスティングしているのですが、築70年~80年くらいの建物なんだと改めて知りました。

 

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